【第19回100年経営研究会】事業承継とビジネスモデル・イノベーション(登壇者:一般社団法人100年経営研究機構顧問 落合康裕氏)
2021年5月14日
登壇者の紹介
今回の登壇者である後藤先生の経歴からご紹介いたします。<登壇者プロフィール>
一般社団法人100年経営研究機構 顧問
静岡県立大学 経営情報学部経営情報学科 教授
落合康裕
1973年神戸市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。経営学者。
大和証券(株)入社後、本社人事部、大和証券SMBC(株)金融法人部を経て、2014年に日本経済大学経営学部(東京渋谷キャンパス)准教授に就任し、2020年より現職。
ファミリービジネス企業の事業承継について経営学の観点から研究を行う。大学での活動を軸に、国内外での研究発表、ビジネススクールにおける社会人向けの教育に従事する。2015年末に日本で初めてとなる同族経営の実証研究書となる『ファミリービジネス白書』を同友館から発刊。同書の初代企画編集委員長を務める。名古屋商科大学大学院マネジメント研究科客員教授を兼務。
専攻は、経営戦略、経営組織、企業統治。主書に、『事業承継のジレンマ:後継者の成約と自律のマネジメント』白桃書房(2016年)、『事業承継の経営学-企業はいかに後継者を育成するか-』白桃書房(2019年)など多数。
第1部:講演(一般社団法人100年経営研究機構 落合康裕 顧問)
今回の講演では、「長寿企業の事業承継の特徴」や「近年の長寿企業の革新のあり方の多様化」などについて落合先生よりお話しいただきました。ポイント
1. 経営課題としての事業承継
2. ビジネスモデルのイノベーション
3. ビジネスモデルから考える事業承継
1. 経営課題としての事業承継
落合先生は企業の事業承継を専門分野として長年研究をしてこられた結果、事業承継を経営課題として捉えており、事業承継は以下の3つのギャップが存在しているため難しい課題であると説明しました。①世代間のギャップ
②同族・非同族間のギャップ
③伝統と革新のギャップ
今回の研究会では上記の3つの要因のうち「③伝統と革新のギャップ」に着目して講義が進められました。
「伝統と革新のギャップ」とは「会社として何を守り、何を変えていくべきか」という事業承継をする際に生じるジレンマを指しています。
そして落合先生は事業承継におけるプロセスを「駅伝リレー経営」と表現し、事業承継では駅伝リレーのように先代世代(=前走者)と時代環境(=走路)が異なる中で、先代から受け継いだものを参考にしながら自分なりに考え、独自のイノベーション(=区間責任)を果たし、次世代(=次走者)に継承しなければならないと言います。
つまり伝統を守り継承するだけでは、今回のコロナウイルスの感染拡大のような事態が起こった時に企業を取り巻く経営環境に大きな変化が生じ、先代までの方法や経験が通用しなくなる時がいずれ訪れるため、革新となる独自のイノベーションを果たす必要があるということです。
また、こうした環境の変化はピンチだけでなくチャンスも生み出すため、そのチャンスをどのように見つけ出しイノベーションを果たしていくかが事業承継を成功させるための鍵となります。
2. ビジネスモデルのイノベーション
イノベーションの定義は「異質なものが互いに、衝突もしくは組み合わさることで、生み出される新結合のこと」であり、イノベーションを起こすためには「商品」「顧客」「ビジネスモデル」という3つの対象のどれかで先代との差別化戦略を図る必要があります。そして、この3つの軸のうち最も競争の優位性を秘めているのが、“ビジネスモデル”における差別化です。
誰に何をどのように提供するのかを示している「ビジネスモデル」がなぜ競争の優位性を秘めているのかと言うと、「商品」や「顧客」に比べて相手からわかりにくい・真似をしにくいという特徴があるため、一度強い仕組みさえつくってしまえば長期間継続する可能性があるからです。
その結果、目に見えない部分で先代との差別化を図ることができ、それが競争の優位性に繋がります。
かつ時代背景としても、日本は戦後(1945年)からバブル時代(1990年頃)にかけて製品サービスの競争によって大きな経済効果を生み出してきましたが、バブル経済崩壊(1990年頃)以降はビジネスモデルに競争の形態が変わり始めているのではないかと言われており、ビジネスモデルのイノベーションこそ現代の主流となりつつあります。
3. ビジネスモデルから考える事業承継
実際にビジネスモデルのイノベーションが事業承継に活かされている事例もあります。まずビジネスモデルのイノベーションを果たすために重要なこととして、うまく事業承継できている長寿企業では必ず“後継者による先代世代の経営実践の参照”が行われています。
先代世代を参照することによってどのようなことを行っていたのかを知ることができ、先代世代が活動していなかった領域で革新的なビジネスモデルを構築(=イノベーションの原点)することができます。
例えば、伊勢市にて食堂や商店を展開する老舗企業「ゑびや」では、自社開発AIによる来客予測システムによって実店舗で蓄積されるデータを基に混雑予測を行ったことで生産性が向上し、売上高を4倍にまで伸ばしています。
これまでの事業である食堂や商店という商品・サービスそのものは変えることなく、ビジネスモデルにおける「販売」のプロセスでAIによるシステムを導入し、イノベーションを果たしています。
その結果、外部にもAIによる来客予測システムのサービスを提供するまでになっています。
こうしたビジネスモデルのイノベーションによる事業承継の効果は3つあります。
①後継者の自律性を高める
②後継者の社内外の交渉力を高める
③組織の伝統と革新の併存ができる
上記の3つの効果により「伝統と革新のギャップ」だけでなく「世代間のギャップ」「同族・非同族間のギャップ」までも解決できる可能性が高く、先代と後継者あるいは後継者と社員がコンフリクトを起こすことなく、スムーズな事業承継を実現することができます。
第2部:質疑応答・総括(総括・学びのポイントを整理)
質疑応答では、第18回100年経営研究会のアンケートに寄せられたご質問「事業承継において、事業の承継を受ける側に必要とされる心持ち」について、「当事者意識を持つこと。今、家業は何が求められているのか、自分の役割は何かを明確に考え、その役目を果たすために準備をすること」と後藤先生よりご回答いただき、今回の研究会は終了いたしました。次回は5月14日に、株式会社平野屋堀江商店の代表取締役である堀江新三氏にご登壇いただきます。