活動報告

【第49回100年経営研究会】日本の伝統芸能「常磐津節」を世界へ発信し、後世へと受け継ぐ(登壇者:常磐津三味線奏者5代目 常磐津文字兵衛)

2022年9月3日

2022年7月26日(火)、第49回100年経営研究会を開催いたしました。


今回の研究会では、常磐津三味線奏者の5代目である常磐津 文字兵衛(ときわづ もじべえ)氏をお迎えし、「邦楽や常磐津三味線の歴史」「洋楽とのコラボレーション」「海外進出」などについてお話しいただきました。


また、100年経営研究機構からは当機構代表理事で日本経済大学大学院特任教授の後藤俊夫先生がトークセッションの相手として登壇し、長寿企業の秘訣について学びました。

 

 

登壇者の紹介

今回の登壇者である常磐津氏の経歴からご紹介いたします。

 

<登壇者プロフィール>
常磐津三味線奏者 五代目
常磐津 文字兵衛(ときわづ もじべえ)氏

 

江戸時代後期から続く、常磐津三味線五代目継承者。
1977年常磐津 紫弘(ときわず しこう)の流名を受ける。
84年東京藝術大学音楽学部卒業。92年第5回清栄会奨励賞。
94年より東京藝術大学非常勤講師(現職)。95年歌舞伎立三味線。
96年五世常磐津文字兵衛を襲名。04年国立劇場特別賞。
08年文化庁より海外で日本文化の紹介に当たる、「文化庁文化交流使」に指名されて韓国に派遣され、ワークショップ、レクチャーコンサート、作品発表を多数行う。
10年「常磐津節の歌舞伎上演における演奏及び幅広い分野での創作演奏活動」に対し第66回日本藝術院賞。12年重要無形文化財「常磐津節」総合認定保持者。
14年紫綬褒章受章。作曲家として西洋楽器を含む器楽曲、声楽曲など多様な作品を作曲、作品は国内外で多数紹介されている。ヨーロッパ、北米、中東、韓国などで、多数の常磐津節のワークショップ、レクチャーコンサートを行っている。

 

 

第1部:トークセッション(常磐津三味線奏者 5代目 常磐津 文字兵衛(ときわづ もじべえ)氏 × 後藤俊夫 代表理事)

今回のトークセッションでは、「邦楽や常磐津三味線の歴史」「洋楽とのコラボレーション」「海外進出」などについて常磐津氏よりお話しいただき、対談を通じて学びました。

 

ポイント
1.【三味線音楽】ジャンルが多岐にわたる邦楽の歴史
2.技術だけでなく、前の世代とは異なる挑戦をして受け継いできた「常磐津三味線」
3.日本の文化を世界へ。海外展開をしながら次の世代へ継承していく

 

 

1.【三味線音楽】ジャンルが多岐にわたる邦楽の歴史

日本の音楽は時代ごとに新たなものが生まれ、ジャンルは非常に多岐にわたっていますが、日本で最初の音楽は奈良平安期にアジア諸国から入ってきた「雅楽」であるとされています。

そこから琴と琵琶、武家階級男子に愛好された能楽(14〜15世紀)へと分化し、箏曲が広まった16世紀中頃に、三味線も中国から沖縄を通じて日本に伝来しました。

 

三味線は語りながら音楽を奏でる「浄瑠璃」と、唄いながら音楽を奏でる「長唄」を中心に使用され、さらに西日本(上方)と江戸でそれぞれいくつかの流派が存在しています。

上方浄瑠璃は義太夫節や一中節、江戸浄瑠璃は新内節や清元節などに分かれていきました。

常磐津節は江戸浄瑠璃に分類される音楽です。

 

 

2.技術の継承だけでなく、前の世代とは異なる挑戦をしてきた常磐津家の歴史

常磐津節は1747年に成立し、そこから約100年後に常磐津家が参入しました。

常磐津節にはもともと常磐津と岸沢という2つの姓の演奏家がおり、常磐津氏の先祖は幕末期に始めた初世・岸沢八百八氏が初代とされています。

嘉永2年には歌舞伎の番付に名前があったと記録されておりますが、常磐津派と岸沢派はしばしば喧嘩別れしていたこともあり、常磐津岸沢分離後に「常磐津文字助」という名に改名して常磐津派に所属しました。

 

その後、初世・常磐津文字兵衛が常磐津文字助の子に「文字兵衛」という名を譲り、現在まで「文字兵衛」の名が襲名されています。

2代目は歌舞伎に関わりながら特に作曲を手掛け、今でも歌舞伎で使用されている曲があり、当時はアイドルのような存在であったと記載された記事も残っています。

また、祖父でもある3代目は戦後で制度に変革が合った中で人間国宝・芸術院会員に、父でもある4代目も人間国宝・芸術院会員・文化功労者といった名誉ある地位を築かれて作曲家としてご活躍されています。

そして1996年より、文字兵衛氏が5代目として常磐津三味線の伝統を引き継いでいます。

 

常磐津三味線の技術や文化を伝承するとともに、作曲は時代に応じた新たな感覚を取り入れているのが特徴的で、5代に渡って前の世代とは異なる挑戦をしながら伝統芸能を継承しています。

 

 

3.日本の文化を世界へ。海外展開をしながら次の世代へ継承

最後に、5代目としての挑戦についてもお話しいただきました。

 

文字兵衛氏も同様に前の世代にはなかった挑戦として、洋楽とのコラボレーションや海外進出を積極的に進めておられます。

背景も音楽の構造も異なる西洋音楽と日本音楽をどうにかコラボレーションする方法はないかと大学時代から考えられており、そこからコラボレーションのための作品づくりも手掛けながら、フルーティスト・ピアニスト・三味線がコラボレーションする演奏会なども実現されました。

 

また海外展開も進めておられ、アメリカのカーネギーホールでオーケストラと三味線の曲を公演したのを機に、積極的に海外での公演もされています。

現在では文化庁から文化交流使に指名され、日本音楽の紹介や海外の民族音楽とのコラボレーションを行いながら、文化交流使として日本の音楽文化を世界に広げるための活動をしています。

同時に常磐津三味線の伝統を後世へと受け継いでいくために、後継者育成にも取り組まれています。

 

 

第2部:質疑応答・総括(総括・学びのポイントを整理)

質疑応答では、「銀座いせよし」の千谷社長から「三味線業界には唄だけの人と三味線を弾くだけの人が居るのはどうしてか。また、唄も三味線の演奏もどちらもできるようになるためのコツなどはあるか」という質問があり、「三味線音楽を教えるためには唄も三味線も両方できる必要がある。それ以外の人で、唄だけの人と三味線だけの人が存在するのに三味線音楽の構造が影響しており、三味線音楽は演奏と唄の拍がずれるため、両方できるようになるのが非常に難しい。両方できるようになるためには、ひたすら練習するしかない」と常磐津氏よりご回答いただきました。

 

最後に後藤先生より「本日は実際に三味線を語って弾いて頂き、貴重な機会をいただきました。これを機に邦楽の良さに改めて目を向け、三味線を手にする人が増えると良い。本日はお忙しい中、ありがとうございました」と総括をいただき、今回の研究会は終了いたしました。

 

次回は8月10日(水)に、株式会社山中油店の専務取締役である浅原 貴美子(あさはら きみこ)氏にご登壇いただきます。