活動報告

【第64回100年経営研究会】文鎮型経営からフラット型組織へ。外部人材とのコラボで新たなイノベーションを起こす(登壇者:1922年創業/株式会社シロキホールディングス)

2023年7月20日

2023年5月23日(火)、第64回100年経営研究会を開催いたしました。

 

今回の研究会では、1922年に創業された株式会社シロキホールディングスの専務取締役・グループ企画管理本部長である砂川 弘(すなかわ ひろし)氏をお迎えし、「株式会社シロキホールディングスの歴史」「ファミリービジネスによる特質」「これからの100年に向けて」などについてお話しいただきました。

 

また、100年経営研究機構からは当機構代表理事で日本経済大学大学院特任教授の後藤俊夫先生がトークセッションの相手として登壇し、長寿企業の秘訣について学びました。

 

 

登壇者の紹介

今回の登壇者である砂川氏の経歴からご紹介いたします。

 

<登壇者プロフィール>
株式会社シロキホールデイングス
専務取締役・グループ企画管理本部長
砂川 弘(すなかわ ひろし)氏

 

1959年生まれ。広島県三原市出身。
1982年富士銀行(現・みずほ銀行)入行。支店長・本部次長を経て、2009年に自己都合退職後、東北の注文住宅建築会社に上場準備室長として転職。上場準備の最中起こったリーマンショクによりIPOを中断
2010年、親しいコンサルティグファーム社長の紹介によりシロキ(現・シロキホールデイングス)に入社。以降、名古屋に単身赴任14年目
昨年度、名古屋市立大学大学院進化型実務家教員養成プログラム(文部科学省「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」)を終了し、さらにこれまでのキャリアの言語化を目指し、現在は、同大学院博士前期課程経済研究科に在学中。
研究テーマは「これからの中小企業に求められるイントレプレナー像 ―長寿企業の経営史におけるイノベーションをもとに― 」。

 

 

 

第1部:トークセッション(株式会社シロキホールディングス 専務取締役 砂川 弘(すなかわ ひろし)氏 × 後藤俊夫 代表理事)

今回のトークセッションでは、「株式会社シロキホールディングスの歴史」「ファミリービジネスによる特質」「これからの100年に向けて」などについて砂川専務よりお話しいただき、対談を通じて学びました。

 

ポイント
1.借金に戦争、リーマンショック。苦難を乗り越え辿り着いた創業100周年
2.シロキホールディングスのファミリービジネス
3.新社長・外部人材・プロパー社員のコラボレーションで新たなイノベーションを

 

 

 

1.借金に戦争、リーマンショック。苦難を乗り越え辿り着いた創業100周年

シロキは1922年に、初代である白木松次郎氏が名古屋市で「合名会社白木洋紙店」を創業したのが始まりです。

創業時、松次郎氏の日記には以下のように記されています。

”忘れてはならぬ。大正11年5月10日(創業日)は記念すべき日である。吾輩の社会への新しき第一歩を踏み出す日なのだ。なんでもかんでも、石にかじりついてでも、この洋紙店は成就させなければ吾輩の命も終わりなのだ。働け、働け、うんと働け。死ぬ気で働け。働きが激しいために死を招いたならば、それは立派な死だ。おそらく生きながらえて、数十年の生を保ちえたとしても、こんな立派な死は得られまい。”

この背景には、松次郎氏の父が創業した会社が破綻したことで、松次郎氏が借金を引き継いでいたことが関係しており、シロキは松次郎氏の命がけの決意をもって創業されたことが当時の日記から読み取れます。

 

そして、創業後は1939年に東京支店と、松次郎氏が中国に留学経験のあったことから上海・奉天(現・瀋陽)に出張所を開設し、多店舗経営と海外進出を果たしました。

しかし、1944年に戦況の悪化により上海・奉天出張所を閉鎖し、さらに1945年には名古屋大空襲により名古屋本店と倉庫が全焼しました。

その後、1947年に名古屋市で営業を再開し、1948年に株式会社白木洋紙店に改組。

1949年に本店を東京に移し、再び事業を始めました。

また、シロキは戦後から高度経済成長期にかけて全国展開・システム化を進め、大阪・仙台・福岡に支店を開設し、その他にも倉庫、物流センターを新設しました。

 

そして、1972年に株式会社シロキに社名変更し、名古屋への本社移転と、2代目として白木浩一氏が代表取締役社長に就任し、事業承継が行われました。

浩一氏は東京帝国大学(現・東京大学)の医学部を卒業後、米国の空軍司令部に就職するなど異例のキャリアを持っています。

また、1959年の伊勢湾台風が中部地区を襲った時に、取引先であったブラザー工業株式会社が浸水したため、数日間に渡ってボートを漕ぎ食料を届けました。

そのためブラザー工業ではこの逸話が代々引き継がれており、「シロキから買えるものは紙に限らずなんでも買え」と語り継がれています。

 

その後、1986年に浩一氏が逝去されたため、3代目の白木和夫氏(現・シロキホールディングス社長)に事業承継されました。

当時はバブル景気であったため、四国出張所開設、CI導入により社章・ロゴの変更、本社新築移転など多額の経営投資が行われました。

しかし2009年に、リーマンショックの影響で借金を抱え、和夫氏の弟である白木栄次郎氏(現・シロキ会長)に事業承継。

和夫氏は、下記のような取り組みで事業の多角化を進めています。

・年功序列と成果型のハイブリット人事制度
・遮熱塗料や海外への支援、高純度アルカリ電解水生成事業などの新事業
・分社化

2022年には創業100周年を迎え、白木周作氏が代表に就任しています。

グループ会社のシロキコーポレーションで白木一族以外の外部人材が代表に就任するなど、シロキグループで初めての動きも生まれています。

 

 

2.シロキホールディングスのファミリービジネス

次にファミリービジネスと組織マネジメントの変遷についてお話しいただきました。

砂川氏が入社(2010年)する前のシロキホールディングスは、ファミリーによるトップダウンの文鎮型経営で、プロパー社員が中心の企業でした。

しかし、2012年からはキャリア採用を開始し、異業種の異なる文化・考え方を持った人材に経営者が興味を持ち、ピラミッド型組織へと変わっていきました。

 

現在では、シロキホールディングスの80%、シロキコーポレーションの90%、シロキの30%の人材がキャリア採用です。

また、グループの取締役の6名中2名、執行役員の5名中2名がキャリア採用組です。

祖業の紙卸売部門はプロパー社員、企画・新規事業系はキャリア採用組が活躍するなど、多様なバックグラウンド・キャリアを持つ社員たちを中心としたフラット型組織へと変化しつつ、グループビジョンでもある「人が生きる経営」に向けて改革を進められています。

 

 

3.新社長・外部人材・プロパー社員のコラボレーションで新たなイノベーションを

2022年に100周年を迎えたシロキグループですが、紙・板紙の内需量は2000年から現在までで約3割ほど減少しています。

シロキグループの紙事業も業界の影響を受けており、業界全体の将来性が不安視されます。

そのため、シロキグループでは社内ベンチャーによる新規事業・新商材の開発や、採用の多様化・事業別組織、中期経営計画・ステートメントの見直しなどを進めておられます。

これまでの取り組みの成果もあり、紙事業は業界全体の影響を受けているものの、その分新しい事業によって高い売上を維持。

今後については「4代目シロキ新社長」、「外部人材」、「プロパー社員」のコラボレーションで、人材採用と教育を行い、新たなイノベーションに取り組みたいとお話しいただきました。

 

 

第2部:質疑応答・総括(総括・学びのポイントを整理)

質疑応答では、「外部の人材、内部のプロパー、そしてファミリーたちが融け合っていくことが重要だと思うが、成功に向けたカギは何か」という質問があり、「成功への一番のカギはトップの決断だと思う。シロキコーポレーションでは一族ではない外部人材が社長になった。これは100年間の歴史がある我が社で初めて。こういう中で、将来を見据えた柔軟な判断を行ったトップの考え方は素晴らしい。合わせて私もそうであったが、外部の人間は窮屈な思いをする。トップが外部人材をサポートすることでプロパー社員と上手く融合できる」と、砂川専務よりご回答いただきました。

 

最後に後藤先生より「私が期待したいのは、ファミリーの立場からすると外部の方が活躍できるように環境を整えること。外部の方の立場からするとファミリービジネスの良い点をうまく活用することである。また、シロキは事業とファミリーマネジメントの両方で良いモデルケースとなる可能性を秘めている」と総括をいただき、今回の研究会は終了いたしました。

 

次回は7月18日(火)に、中浦食品株式会社の18代目である鷦鷯 侑(ささき ゆう)氏にご登壇いただきます。