活動報告

AI時代に、次の100年へ何 を受け継ぐのか──「暗黙知の継承」をテーマに 100年経営懇談会を開催

2026年8月25日

長寿企業の「数字では掴めない叡智」を、未来の経営資産へ。100年経営研究機構参与・大野陣氏が、AIと熟達者の経験知を結ぶ新たな継承のあり方を講演。

100年経営研究機構(以下、当機構)は、2026年8月21日、第4回100年経営懇談会を開催し、当機構参与でcrack株式会社代表取締役の大野陣氏を講師に迎え、「社会課題から紐解く『AIの今後』」をテーマとする講演を実施しました。
当機構は、「100年経営を科学する」をコンセプトに、日本の長寿企業が持つ叡智を視覚化し、共有する活動を行っています。データベースでは、設立年月日や会社概要といった定量情報だけでなく、家訓・家憲、事業承継の進め方など、数字だけでは掴めない「ソフトな情報」まで記録・発信することを掲げています。

今回の講演では、そうした長寿企業の叡智を、AI時代にいかに次世代へ渡していくのかを議論しました。焦点となったのは、ベテランや熟達者が長年の現場経験を通じて培った、判断、勘、禁忌、美意識、顧客との向き合い方といった暗黙知です。

100年経営を支えてきたものは、制度や年数だけではない
企業が100年を超えて存続していくためには、財務、顧客との信頼、事業承継、理念など、多くの要素が関わります。しかし、実際の現場では、文書や制度だけでは再現しきれない知恵が、企業の持続性を支えていることがあります。
たとえば、異常の前兆をどのように察知するか。品質を守るために何を「あえてやらない」のか。顧客との関係を深める際、どこまで踏み込み、どのタイミングで距離を取るのか。こうした判断は、熟達者にとっては日々の仕事に溶け込んだ当たり前の感覚であり、本人が意識して言葉にする機会が少ないまま、異動や退職とともに組織から失われる可能性があります。
当機構がこれまで着目してきた「家訓・家憲」「事業承継の進め方」といったソフトな情報も、単なる歴史資料ではありません。それらは、長寿企業が変化のなかで何を守り、どのように判断してきたかを示す、生きた経営知です。 今回の懇談会は、その経営知を、過去を振り返るためだけの記録ではなく、次の世代が新しい状況で使える資産にしていくための問いを共有する場となりました。

「知っている人がいる」状態から、「組織が使える」状態へ
講演では、暗黙知を形式知へ変換することの難しさと、AI時代に必要となる新たな構造化について紹介されました。マニュアル、動画、研修、データベースは、知恵を共有するうえで重要な基盤です。一方で、熟達者の判断には、こうした形式だけでは表しきれない部分があります。人間同士であれば、メモに記された「こういう傾向がある」「これは避けた方がよい」という言葉の行間を、経験や文脈から補うことができます。しかし、AIが実務で扱うには、何を条件として判断するのか、何をしてはならないのか、どの品質基準を満たしたときに次の工程へ進むのかを、より明確な構造に変換する必要があります。
大野氏は、暗黙知をAIが実行できる形へ移す際には、条件分岐、禁止事項、品質を担保する確認工程まで含めて設計することが重要であると述べました。これは、知恵を「知っている人の個人技」にとどめず、組織が継続的に活用できる状態へ転換するための考え方です。

AIを、長寿企業の知恵を受け継ぐための「媒介」にする
AIの導入は、業務効率化や自動化の文脈で語られることが少なくありません。しかし今回の講演では、AIを人の仕事を一方的に置き換える技術としてではなく、熟達者の経験知を次世代へ 渡すための媒介として捉え直しました。
重要なのは、AIだけで知恵を抽出しようとしないことです。講演で紹介されたアプローチでは、人間が専門家との対話を通じて、感情、美意識、迷い、矛盾といった言葉になりにくい部分まで丁寧に掘り起こし、AIがその前後の分析や構造化を支援します。人間の対話とAIの処理 能力を分けるのではなく、両者を適切に組み合わせることによって、熟達者の判断を継承可能な知識へ変換していきます。
これは、機構が目指す「100年企業のリアルな姿を映し出す」活動とも重なります。いち長寿企業の価値は、創業年や売上規模といった数字だけでは捉えきれません。その企業にどのような判断の積み重ねがあり、変化の局面で何を選び、何を守り、どのような仕事観を渡してきたのか。AI時代においては、その見えにくい叡智を、より意識的に継承対象として扱うことが求められます。

長寿企業の「叡智」を、社会の持続性につなげるために
当機構は、企業や経営者だけでなく、すべてのステークホルダーが永続的に成長し、維持される社会を目指しています。いち企業に蓄積された暗黙知を次世代へ渡すことは、一社の人材育成や事業承継の課題にとどまりません。
熟達者の経験に宿る知恵は、品質を守り、顧客との頼を育み、若手の成長を支え、地域や業界の仕事への誇りを形づくってきました。それが個人の退職や世代交代とともに失われることは、企業の競争力だけでなく、社会が受け継いできた営みの豊かさを損なうことにもつながり得ます。
当機構は今後も、研究会、視察会、データベース、メディアを通じて、長寿企業が持つ経営知 を多面的に探究していきます。また、伝統と革新、経験と技術、人とAIといった異なる知見を対話させながら、100年経営の意義を現代の経営課題へ接続する機会を提供してまいります。